研究内容の紹介

 心臓の拍動,蛇口からポタポタと落下する水滴など,我々の身近にあるリズム現象のゆらぎを記述する数理を研究しています.また,株価の変動や地震の発生など未来の予測が難しく,振る舞いがランダムに感じられる現象についても,そのランダム性の特徴や生成メカニズムを研究しています.
 我々の研究内容を一言で表せば「ゆらぎの科学」です.観測された時系列を特徴づけ,その特徴をシステムの分析に応用するための「ゆらぎの情報論」.自然界や社会・経済システムに共通にみられる普遍現象の背後にある数理的メカニズムを理解するための「ゆらぎのシステム論」.これらの2つアプローチを含んだ「ゆらぎの科学」を体系的に構築することを目指しています.

ゆらぎの情報論 ― アインシュタイン(A. Einstein)が1905年に発表した論文「ブラウン運動の理論」では,水中に浮かんだブラウン粒子の運動の観測を通じて,当時,研究者の中でも懐疑的な意見のあった原子,分子の実在を確かめる方法が議論されています.この系においては,ブラウン粒子を動かす「もの」は,そのまわりの流体分子です.この系について時間刻みをある程度粗く見れば,多数の水分子衝突の集積として,ブラウン粒子の確率的記述が可能になります.アインシュタインの理論では,ブラウン粒子の確率的な記述から,間接的にまわりの水分子に関する情報を引き出しています.
 同様のアプローチが,より複雑なシステムにも有効ではないでしょうか.例えば,我々の心拍数の変動を長時間測定してみれば,そこには不規則な変動が見てとれます.心臓の拍動ペースは,主に自律神経系を通じて制御されていますが,薬理遮断等の方法でその制御を断ち切れば,心拍動のリズムは非常に規則的になってしまいます.このことから,通常観測される心拍数の不規則性は,自律神経系を含むシステム全体の特性を反映していると考えられています.この場合,心拍リズムの不規則性の記述を通じて,自律神経系などの生体制御に関する情報を抽出できる可能性があります.他の社会や経済といったシステムにおいては,不規則性を生み出す「もの」は,ブラウン運動や心拍の例と異なっていますが,その「時間発展の記述」については共通性があり,確率的な揺動と相互作用を含む非線形非平衡系に共通する理論の枠組みが構築できる可能性があります.

研究業績